田辺光彰の新作“WILD RICE− IN SITU CONSERVATION MOMI 2000”(野生稲−自生地保全 籾 2000年作)は、アジアの熱帯および亜熱帯に分布する野生稲を、その自生地ともども保全しようという趣旨にもとづく制作である。もともと水生植物である野生稲は、原野の沼や湿地に推定一万年におよぶ世代交代をくり返しながら命脈を保ってきたが、その自生地が開発という名の環境破壊によって各地で失われ、貴重な遺伝資源である稲の祖先種も近い将来絶滅の危機にさらされているのである。
 この事態は、たんに農業関係の専門家にとってばかりでなく、稲を生存の糧・文化の礎であると認識する広い分野の多くの人びとにとって座視するに忍びない問題であろう。田辺は芸術家としての立場からこの事態を憂い、同憂の科学者たちと協力しつつ自らの制作を通 じて事態の啓蒙と保全へのアピールに尽力してきた。
 今回の新作は、自国内にブバネシュワールの広大な自生地をはじめとする野生稲の宝庫をもち、その保全対策に心を砕くインドの農政省に寄贈され、東インドのカタックにある同省の中央稲研究所に野外の記念碑として置かれることになっている。その制作および寄贈は作者の自由意志によるものである。
 1997年にも田辺は同じ趣旨の野外彫刻作品をタイ国の農政省に贈った。この国で自生地保全の事業が王室のプロジェクトとして着手されたのを記念する作品で、芸術のルーペによって拡大された全長33メートル重さ4.5トンにおよぶステンレス鋳造の籾粒であった。(野生稲の籾は籾粒本体の約10倍の長さの優美な芒をもっている。)この記念碑は、バンコク郊外パトム・タニにある国立稲研究所の広大な実験水田の用水路上に置かれている。
 今回の新作は籾粒ではなく、発芽する籾がモティーフとなっている。このモティーフを田辺は過去すでに二度にわたって作品化した。それらは、マニラの国際稲研究所(IRRI)の参観者ホールとバンコク郊外の国立稲研究所の博物館にそれぞれ常時展示されている。前者はレッドラワン材による彩 色木彫、後者は現地産の細竹を編んだ遊び心ゆたかな軽妙な作品である。
 思うに種子である籾粒の中には、死と生とのふたつの要素が混在している。発芽はこれらの要素が互いに袂を分かつときである。その様相は田辺の作品によって目にする通 り、さながら臍の緒のように太く逞しい根は下降して母なる大地をまさぐり、子供の陽物に似た初々しい芽生えは光を慕って天空に自立しようとする。このとき死は生に世代のバトンを渡して厳粛に冥界へ退き、生は未来の豊饒へ向って健気に旅立っていく。田辺はこの作品に西暦2000年の制作年を刻んでいる。そこには世紀の交替に立ち会う者の感慨もこめられているのであろう。

 世代のバトンとして田辺は多くの場合、自作を通 じて先端技術の成果を次代へ伝えようと努めている。その意味で今回の「発芽する籾」にもステンレス鋳造の技術が利用され、現在のレベルでの最強の素材を手に入れることができた。この強固で無機質の素材に籾の生命力を与えるために、田辺は自らの発案による果 敢な挑戦をおこなっている。
 それは、普通には鋳造物の残滓除去のために部分的にしか使われない削りの技術を転用して、素材の表面 を万遍なくじかに深く抉っていく操作である。アーク放電の高熱で金属を溶解し、高速噴射の空気で溶けた金属を吹きとばすこの操作はアーク・エア・ガウジングと呼ばれる。これを自ら手作業でおこなう田辺の仕事場は、現代最強の金属素材の表面 に人工的に落雷を起こしているのと同じで、連続する閃光と炸裂音とともに白熱の火花が四散する修羅場である。こうして得られたクレーター状の無数の傷痕に、さらにひとつひとつ入念な磨きをかけて田辺の「籾」はできあがる。その工程はまさしく粒々辛苦の米作りのわざを連想させる。
 詩人タゴールは、真の天使は聖服を脱いで田畑で汗水流す農夫だと詠じた。その聖なる労働が米を主食とするアジアの民に共通 する文化をはぐくみ、のみならず今日全世界の温帯、亜寒帯にまで稲の栽培を可能にしているのである。その成果 は21世紀において人口の急増が予想される人類の重要な生存の糧となるであろう。野生稲は、こうした人類の歩み営みの原点にあって、今日なお適応性に富む旺盛な生命力を維持しつづけている。田辺はその力が凝縮された籾粒の美しさが不滅であれと願う彫刻家である。
 なお、今回の新作に呼応する姉妹作として、田辺はステンレス鍛造という彫刻の分野では珍しい技術を用いて、野生稲の自生地で目にした大トカゲの像を同時につくった。自生地保全は生物の多様性を守ることにも通 じている。このトカゲの像は、はるか極東の島国の寒冷地にまで稲作が招来された証として、同じ自生地保全のタイトルのもとに日本の青森県五戸台地に置かれることになっている。