彫刻家・田辺光彰氏は、こうした世界的ムーブメントに先行して、美術における社会的普遍性の回復に1980年代初頭から取り組み、様々な分野から注目されてきた作家である。一連の試みの中には、作品のテーマにおける社会的普遍性の追及、そして、普遍性を伴う美の形態に対する追及が含まれている。不特定多数のだれもが重要だと思えるテーマや美しいと感じられる形態を彫刻作品として示そうとした。その答えが、「自然環境のかけがえなさ」という社会的テーマであり、「自然の形態の直接的提示」である。
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1994年には、フィリピン・ラグナ州の国際稲研究所(IRRI)に招聘され、「籾−野生稲の発芽」を制作する。現地のラワン材を素材とし、高さ4m、幅6m、奥行き1.8mの5色に塗られた野生稲の発芽の瞬間を巨大に拡大した作品は、IRRI本部ビジターセンター内中央に設置されている。1980年代後半からの稲に関わる作品が招聘のきっかけとなった。 IRRIは1960年に設立され、日本を含む約30の政府から資金供与を受ける大規模な研究機関で、これまで稲の多収穫品種の改良に大きな実績を上げてきた。ところが、近年発表した報告書の中で、二十一世紀初頭に、アジアの多くの国において人口爆発に伴うコメ不足を予想している。科学的見地から人類の生存に対する危機を警告しているのだが、日本の「コメ問題」に代表されるように、そのメッセージは著しく軽視している。IRRI所長(当時)のクラウス・ランペ氏によれば、研究成果に基づく科学的メッセージに芸術による精神性を付加し強化するのが、設立以来初めて、芸術家を招聘した目的である。野生稲をモチーフとする作品は、品種改良を象徴し、人類生存のためのモニュメントとして制作された。 この招聘による作品制作は、その後大きく発展し、タイ王室に対する作品寄贈を経て、昨年バンコク郊外のプラチンブリに約2haの野生稲自生地の保全区域がタイ政府によって設定されるに至る。美術作家が関与する異例の環境保全プロジェクトとなった。
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