わたしが所属している清水フィルハーモニー管弦楽団では、団員向けの『響』という不定期な発行物(新聞?・チラシ?)を発行している。
 この『響』という名称は、元々は清水南高等学校器楽部(南陵フィルハーモニー管弦楽団)のOB会の機関誌に付けられていたもので、私が高校生だった頃何度か発行されていたが、その内容の殆どはOB会員の名簿であった。
 その後私たちが活動する団体が『南陵フィルハーモニー管弦楽団OBオーケストラ』を経て、『清水シティー・シンフォニック』に移行した折り、何度かこの『響』の名前で団員向けの機関誌を発行した。
 その後、どういう状況で発行されていたのかは良く解らないが「2007年2月の清水フィルの演奏会に向けて『響』の原稿を書くように」との指令が担当メンバーから下ったので、悩みながらも書いたのが以下の文章である。
 文章がなかなか纏まらなかったので、仮想インタビュー形式で書かせて貰った (一部訂正)。


オーケストラで使う打楽器について、いろいろと聞きたいんですけど…

打楽器というのは、叩いて音が出れば何でもかんでも打楽器のジャンルに入ってしまいますが、主にオーケストラで使われる楽器というのは、ティンパニー、大太鼓(バスドラム)、シンバル、トライアングル、小太鼓(スネアドラム)、鉄琴(グロッケンシュピール)、木琴(シロフォン)、銅鑼といったところでしょうか。
中でもオーケストラで一番使われる打楽器はティンパニーですね。
ティンパニーって太鼓なのに音程があるんですよね。
ティンパニーの起源はとっても古いんですが、16世紀末頃までは牛の皮を紐で胴体に固定する形でした。それが17世紀に入りネジを使って皮を固定する楽器が作られてから、音程の調律がしやすくなり、教会音楽などで使われるようなりました。
当時はオーケストラで使用されるティンパニーは2台一組で、ちょっと専門的になってしまいますが、その曲の調によって主音と属音(ハ長調ならドとソ)の2つの音に調律されていました。ハイドンやモーツァルトの交響曲はほとんどこの調律です。
曲の途中で転調(調が変わる)時はどうしてるんですか?
いろいろな場合がありますね。
モーツァルトやベートーヴェンの曲では、曲の途中で調が変わっていると、同じパッセージでも楽譜には何も書かれていない亊が多いです。当然そういう場合は楽譜に書かれていませんから叩きません。
ネジを手で回して調律をしているので、演奏しながら音程を変える作業は困難なんです。
作曲家の中には、調と違う音でも叩くように譜面を書いている人もいますが、叩いていてあまり気持ちが良いものではありません。また、指揮者によっては、調に合った音の楽器を用意したりチューニングしたりして、譜面 に書かれていない個所で演奏するように指示をする方もいます。
転調の場合とは少し違いますが、ベートーヴェンはとても先進的なティンパニーの使い方をしていて、主音をオクターブで調律(交響曲第8番の第4楽章と、第9番の第2楽章)して演奏させたりしていますし、ベートーヴェン以降、使用する楽器の数を増やしたり、複数の演奏者で演奏させたりしている作曲家もいますが、それでも一つの楽章の途中ではあまり音程は変えていません。
今でもそうなんですか?
19世紀に入り、ティンパニーの音程を瞬時に変えるための様々な工夫がされた様ですが、現在主流なのは足元にあるペダルを使って音程を変えるタイプの楽器です。
こうした楽器が出来た事で、叩きながら音を変えるグリッサンド奏法も可能になりました。ですから現代音楽などでは、かなり頻繁に音程を変える作業がありますよ。
音階で旋律を演奏する事もあるんですか?
平原綾香さんの歌でヒットした『ジュピター』の原曲、ホルスト作曲の組曲『惑星』の『木星』では、2人の演奏者が3台ずつのティンパニーを使って旋律を叩いていますが、あまり旋律には縁がありませんね。
それでは協奏曲などは無いんですね?
いや、ティンパニーや打楽器の協奏曲はいろいろありますよ。打楽器に関係の無い人が聞いて楽しいかどうか解りませんけど(笑)。
今話題のコミック『のだめカンタービレ』の中にも、フランスのジョリベという現代作曲家の『打楽器と管弦楽のための協奏曲』という曲が登場しましたよね。ただ、この曲にはかなりの数の打楽器が登場しますから、見ている方は面 白いかもしれませんが、楽器を揃えるだけで一苦労でしょうね。テレビドラマでもそのシーンはカットされてましたしね。
清水フィルの普段の練習の時も、楽器が多いと運ぶのが大変そうですよね。
そうですね。清水フィルで使っているペダルタイプのティンパニーは1台約40kgありますから、練習の前後に何台もの楽器の運搬するのは大変ですね。楽器を運搬する体力や気力が無くなったら引退かもしれません。
アマチュアの音楽団体ではどこも同じ様な苦労をしているんですか?
清水フィルの場合は練習の都度楽器を運搬していますが、練習会場に楽器を保管させてもらっている団体や、会場の備品の楽器を借りて練習している団体などは、運搬の苦労は少ないですね。
でも清水フィルでは他の楽器の人達が積極的に打楽器の運搬を手伝ってくれますから、本当に助かっています。団体によっては「他のパートの人間は打楽器に触ってはいけない!」という指示でもあるのかと思ってしまう程、誰も手伝ってくれない所もありますからね。
そんな苦労をしてまで演奏する打楽器の魅力は何ですか?
一番の魅力は自分の演奏する音が、オーケストラの響きそのものを変えてしまうだけの影響力がある事でしょうか。
大きな音がしますからね!
影響力っていうのは大きな音の事ばかりではありませんよ(笑)。
映画監督の黒澤明さんの言葉に「悪魔のように細心に! 天使のように大胆に!」というものがありますが、私はこの言葉が音楽の演奏にも当てはまると思っています。大胆なフォルテッシモは勿論楽しいのですが、個人的には悪魔のように細心なピアニッシモもとても大きな影響力があると思っています。
ティンパニー以外の打楽器は、他の管楽器や弦楽器に比べて出番が少ないっていう印象もありますけど…
ティンパニーだって少ないですよ(笑)。何百小節も休みを数える亊がありますから。
私が練習で一番イヤなのは、例えば100小節の休みがあって、それを延々数えているのに、指揮者が曲を止めて「それじゃあ、もう一度同じ所から…」と言われた時ですね。
楽器を用意して練習会場で待機していたけど、時間が無くなって一度も叩かずに帰って来るなんて亊もありますよ。ティンパニー以外の楽器ではあまり珍しくないですが…
ドヴォルザークの『新世界より』のシンバルや、チャイコフスキーの『悲愴』の銅鑼などですか?
そうですね。どちらも出番が少ない(全曲の中でたった1発しかない)ですね。でも実際には他の楽章では他の楽器(『新世界より』では3楽章のトライアングル、『悲愴』ではバスドラかシンバル)を叩きますけどね。
ただ、この2曲のシンバルと銅鑼は、音量は必要ないけれど、独特の響きを要求されますから、演奏する時はとても緊張します。それだけに、上手く叩けると嬉しいですよ。使用する楽器や叩き方などもいろいろ工夫しますしね。
楽器や叩き方を工夫するって?
打楽器の場合、どういう楽器をどういったバチで叩くかは基本的に演奏者の判断に任せられているんです。勿論、指揮者が自分のイメージと違うと思えば変更の指示もありますし、他のパートの人から違和感を指摘される事もありますが、他の楽器に比べると演奏者が自分で音色を工夫できる要素は多いと思います。
特にシンバルやトライアング、タンバリンなど、構造がシンプルな楽器になればなる程、楽器によって随分響きが違うんです。だからいつもこだわりを持って演奏しているんですよ。特にタンバリンの場合などは、各人が持っている楽器を持ち寄って何種類も叩き比べてみたりしてね。他の楽器の人は気が付かないかもしれませんけど(笑)。
まあ気が付かれないのは違和感が無いという事だと思いたいですけが、出来れば一緒に演奏している仲間にも、演奏を聞いて下さる方々にも、こだわりの音に気が付いて貰えれば嬉しいですね。
 
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