ドラマーはやくざか?

 私が趣味で音楽をやっていると言うと、大抵の人が「なんでコイツが音楽なんて…」っていう顔をする。
 次に何の楽器をやってるのという問いに対して「タイコ」と答えると、「ああ、ドラムね!」と何となく納得される。
 それに対して「いや、クラシックのティンパニーとか…」とさらに詳しく説明する時と、面 倒くさいので「まあそんなトコ…」と答えて良しとしてしまう時がある。
 これは、クラシックだと言うと、せっかく納得しかけた相手がまた「なんでコイツがクラシックなんだ…」という顔をするのが一番大きな原因だ。

 私個人としては、別にクラシックが高承なものだとは思っていないし、ティンパニ−もドラム・セットも、どちらも上手に叩ければ楽しいと思っているのだが。

 で、ドラム・セットの話しである。

 私より前の世代の人達が「ドラム」と言ってまず頭に浮かべるのは、「嵐を呼ぶ男」の石原裕次郎さんのようである。
 ジャズのドラマーを目指している石原裕次郎さん演じるドラマー国分正一が、ライバル、チャーリー桜田とのドラム合戦の前日に、トラブルで利き腕を怪我してしまい、対決の途中でドラムが叩けなくなった主人公が、いきなりマイクを片手に歌い出し、タイコ叩きとしては反則技で大受けするという、文章で読むとちょっととんでもないストーリーだが、日本人はこういうの好きだよね。
 映画は大ヒットし、渡 哲也さん主演でもリメイクされてもいる。
 また、映画同様に大ヒットした歌の歌詞(作詞:井上梅次)がなかなか凄い!

  俺らはドラマー やくざなドラマー 俺らがおこれば嵐を呼ぶぜ
   喧嘩代りにドラムを叩きゃ 恋のうさもふっとぶぜ
  俺らはドラマー やくざなドラマー 俺らがほれたら嵐を呼ぶぜ
   女抱きよせドラムを叩きゃ 金はいらねぇオンの字さ
  俺らはドラマー やくざなドラマー 俺らが叩けば嵐を呼ぶぜ
   年がら年中ドラムを叩きゃ 借金取りも逃げて行く


 この歌の間に、片手でタイコを叩きながらのセリフが入るのだが、

  この野郎、かゝって来い!
   最初はジャブだ…… ホラ右パンチ…… おっと左アッパー……
  畜生、やりやがったな、倍にして返すぜ
   フックだ、ボディだ、ボディだ、チンだ
    えゝい面倒だい この辺でノックアウトだい


 まあ歌はともかく、この映画で「ドラマー=やくざ者」の印象はキッチリでき上がってしまったのかもしれない。
 バンドでドラムに夢中な息子は、悲しい事に「ドラムスコ」などとも呼ばれてしまうのだ。
 こういう状況で、私のパートがドラムで納得されてしまうが少々問題なのである。

 肥大化するドラム・セット

 初期のドラム・セットはともかく、現在のドラム・セットの基本は大体次の様なものだと思う。
 足でペダルを踏んで演奏するバス・ドラム。スネア・ドラム。2〜3個の大小のタム。足のペダルで2枚のシンバルをコントロールするハイ・ハット・シンバル。そしてクラッシュとライド2枚の吊りシンバル。
 初心者様のドラム・セットというのは、この他に楽器のセッティングに必要なスタンドや椅子がセットで数万円で販売されている。
 しかし、この基本形で現在でも演奏しているのは、比較的小編成で演奏する事が多いジャズ・ドラマーくらいなもので、シンバルやタムの数は勿論、バス・ドラムを2台にしたり、サブのスネア・ドラムを加えたりと、セット規模はどんどん大規模になっている。

 もちろん、楽器の価格もいろいろで、先に書いた全部セットで数万円の楽器もあれば、1枚数万円のシンバルなどもあり、正にピンからキリまでなのである。

 ドラム・セットを演奏する場合は、楽器のサイズや音色は奏者の好みに任されてしまう事が多いので、多様な音楽を演奏しようと思うと、当然ではあるがドラマーには数多くの楽器が数限りなく必要になってくる。

 もう一つ楽器が増える要素がある。これは他の楽器ではあまり選択の余地が無いのだが、ドラム・セットはまことにカラフルなのである。
 ドラム・セットのカタログを手にすると、どこのメーカーのものも後ろの方に「カラー・チャート」が載っている。
 渋い木目や素材を活かしたオイル・フィニッシュのモノから、色とりどりな派手な塗装のモノ、そしてピアノの様な光沢のあるモノ等々、値段とシリーズによって選択肢が拡がって行く。
 私のドラム・セットは「アンティーク・ブラウン」という、焦がしたウィスキーの熟成樽のような色の楽器で、それはそれで満足しているのだが、カタログを眺めていると、もっと派手な楽器が叩きたいと思う時もあるのだ。

 そして誰からも指示がないからこそ、自分の好みとセンス(と財布)によって、どのようにも楽器を揃える事が出来るのである。
 困った事(困る事ではないかな…)に、国内のドラムのメーカー各社は、オーダーメイドに近い受注体制を取りつつある様だ。
 好きな材質(メイプルかオークか金属素材か…)のタイコを選び、バス・ドラムのサイズを決め、タムの数や口径のサイズを決め深さを決め、セッティングのシステムを選び、カラーリングを決める。
 何と楽しい事だろうか。

 シンバルにも選択肢が多い。一つのメーカーでも、色々なシリーズがあるし、サイズや厚さ、素材や仕上げの溝の入れ方等で音色も金額も全然違う。
 それに加えて、ハード・ウェアと呼ばれているスタンド類も、メーカーさんの工夫によって日々進化を続けている。そして、本当に困った事に、こうした進化が音にも影響があるのは勿論、使いやすくなっているのである。
 特に、ドラム用の椅子にはここ数年格段の進歩が見られる。(ヤマハのメッシュ素材のタイプなんか夏は涼しそうで良さそうだな〜)

 他の項にもちょっと書いたけど、楽器を演奏している人は、どんなに高額な楽器を使っていても、これで満足って事は無いのだと思う(価格が付かないストラディバリウスみたいな楽器を弾いている弦楽器の方は違うかも…)。そういう意味でも、ドラム・セットの選択肢の幅広さは、楽器の中でも究極のカスタムオーダーの様な気がする。

 こんな楽しい想像に水を差すものが、価格表の存在である。
 そして、タイコ奏者が共通して悩む楽器の保管場所。移動方法… 現実はなかなか厳しい。

 ドラマーの個性というのは、楽器の色や数量ではなく、演奏能力や表現力でなくてはいけないのは、本当はよ〜く解っているのだ。
 でも個性的な演奏能力や表現力を磨くのは、個性的なドラム・セットのセッティングをする事より、はるかに難しいことなのである。

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