A Seed of Wild Rice ・ MOMI-2008, photo TAKAHITO TAKAHASHI
 このたびローマにある国際連合食料農業機関(FAO:Food and Agricultre Organization)に本部を置くグローバル作物多様性トラスト(Grobal Crop Diversity Trust)では、日本人の彫刻家田辺光彰の作品[A SEED OF WILD RICE・MOMI-2008]を FAO の庁舎内に収蔵し、常時展覧することになった。それはこのトラストが、ノルウェー政府およびノルディック遺伝子銀行と提携して管理運営する、スヴァールバル国際種子保存庫(Svalbard International Seed Vault)の新設を記念し、その趣旨をひろく世に啓発するためである。北極圏内のスヴァールバル諸島にあるスピッツベルゲン島の急斜面 を掘削し、永久凍土層に300万種の農作物の種子を貯蔵しようというこの種子保存庫は、あらゆる天変地異および戦争、公害、事故などの人災に備えて万全を期す究極の safety belt を全世界に提供することを意図している。
FAO Food and Agriculture Organization of the United Nations
photo MITSUAKI TAANABE

 田辺の今回の作品は、稲の原種である野生稲の穂から採取した種子(rice seed)の一粒(日本語では MOMI という)を、ステンレススチールの鋳造によって拡大表現している(長さ9m、重さ250kg)。野生稲の MOMI は鎧のような固い種皮に覆われ、その先端に槍に似た長く鋭い一本の芒を持っている。栽培稲の MOMI も同様に堅牢な種皮に包まれているが、芒は退化して痕跡を止めるのみとなった。芒の長さは野生稲の品種に応じて MOMI の10倍から20倍に達するものもある。
 1994年、田辺はタイ、バンコク郊外のパトム・タニの国立稲研究所(Pathum Thani Rice Research Center)に、30mの芒をもつ3mの「MOMI」を制作したことがあった。またエレノア・ルーズヴェルト高等学校(アメリカ・メリーランド州)と、インド、カタックの国立中央稲研究所(Central Rice Research Institute)の両方に設置した「発芽する MOMI」および国立台湾美術館(National Taiwan Museum of Fine Arts)で展示した「MOMI」も、いずれも今回と同じ素材と製法による長い芒をもつ MOMI の野外彫刻作品であった。さらに1989年と1992年に東京で催した個展に出品した同素材と同製法による「MOMI」の連作は、後に中国の浙江省博物館や河姆渡遺跡博物館およびフィリピン・マニラの国際稲研究所(IRRI: International Rice Research Institute)など内外の博物館や農業関係施設に収蔵されている。
 過去20余年に亘って田辺は、遺伝学に造詣の深い農学者佐藤洋一郎博士と共に「野生稲の自生地保全」を提唱してきた。この運動のいわばメッセンジャーとして活躍しているのが、金属作品のみならず木、竹、石、ドローイングなどによる「MOMI」なのである。因に MOMI から種皮を取り除き、さらに精製(cleaning)したのが食用に供せられる精米(polished rice)である。日本語では「米」あるいは「舎利」の呼び名もある。後者は仏陀の遺骨を意味している。
 MOMI の種皮の構造を走査電子顕微鏡(scanning electon microscope)で観察した研究者(前田英三博士)は、それがすぐれた空気調節機能をもつ生命維持の格納庫であることを発表した。また中国の河姆渡遺跡から出土した7000年前の MOMI(浙江省博物館蔵)が、地下で偶然水に漬っていたために炭化を免れ、外気に触れるまで固有の黄金色を保っていたことが知られている。さらに田辺自身の仲介で実現した日中共同の研究会では、河姆渡出土の MOMI にはかなり高い比率で野生稲の MOMI が混じっていたことも確認されている。これらの事例は、成熟してひとたび生命を内に育んだ MOMI は、形骸と化しても朽ちず死してなお亡びないものかとおどろかされる。
 こうした驚きの格納庫に守られて、悠遠の太古からの命脈を今日に至るまで絶やさなかった野生稲、そして世代から世代へ時代から時代へと、人類と力を合わせて気温差のある地表にひろく適応してきた MOMI の生命力−その驚異と謎に迫る表現こそ田辺のねらいであり、あえて超硬質の素材に立ち向かう理由でもあるだろう。この挑戦に使用される田辺の武器はアーク・エア・ガウジング(arc air gouging)と呼ばれる技術である。
 これは、アーク放電によって得られる3000度以上の高熱で金属を溶解し、同時にその液化した金属を高速で噴射する空気の力で吹き飛ばす削りの方法である。ガウジングはもともと“丸鑿を使って穴をあける・抉り取る”の意味をもつ作業であるが、製品の生産に当っては普通 、金属本体を削るのではなく、鋳造の過程で付着したり食み出したりした金属の残滓を除去するために、製品仕上げの段階で局部的に用いられる方法である。
 ところが田辺は、この削りの方法を本来意味する通 り、金属本体の表面を隈なく深く抉り取る鑿として操作している。相手は超硬質の金属、こちらは超高温・超高速の得物で、これを手仕事として意のままに制御するのは至難の荒業である。田辺の制作現場は、技術者に言わせると、金属上に落雷を人工的にひっきりなく起こしているのと同じだそうで、閃光、灼熱、豪音と共に火花が奔流をなして飛び交う修羅場である。
 技術者は、まかり間違えば製品を台なしにする田辺流“かみなり削り”を決してやらない。だから田辺の作品を見てもその制作方法はよくわからないそうである。芸術の分野でも、危険を冒して新しい創造を克ち取ろうとする新人はまだ現われていない。この技術の活用は田辺の独創であり、ひとり舞台である。さらに今回の作品は長期の屋内展示であるのを配慮して、作品を酸で洗って錆止めし、無数に抉ったガウジングの痕跡を超硬材用のロータリー・カッターで磨いている。
 その光り輝く無数の痕跡は、機械化される以前の稲作農業がそうであった「粒粒辛苦」の労働と、その辛苦に堪えてきた歩一歩の歴史を回顧させる。今日の高度な技術時代にこうした過去を追想する時代遅れはいかがなものかとの批判は免れないかも知れない。しかし田辺は“かみなり削り”に挑戦したと同じ勇気をもって、この譏りを甘受するだろう。その忍耐に価する一粒の生命が、今ここに、白銀の輝きに包まれて衆目の面 前にある!

 近年、田辺の制作は二つの場所でそれぞれ別 の新しい展開を見せている。その場所とは、野生稲の自生地を持っているが稲作はやっていないオーストラリア北部と、鬼稲と俗称される固有の野生稲を失ってその復元に努めている極東の台湾である。鬼稲の鬼とは亡くなった祖先のことで、ときには子孫に仇なすこともある霊をいう。MOMI が早く脱落しやすいこの鬼稲が田圃に迷い込むと、栽培稲と紛らわしく厄介である。
 2006年、田辺はオーストラリア、クイーンズランド州 のマリーバ湿地帯(Mareeba Wetland Foundation)にステンレス・スチール圧延板製の巨大なトカゲ像(長さ19m、重さ11ton)を設置した。その尻尾には「野生稲の自生地保全」の文字が刻まれており、明らかに「MOMI」に代る新しいメッセンジャーの登場が見てとれる。しかし両者が伝えるメッセージには多少のニュアンスの違いがあるように感じられる。
 野生稲は、稲作地帯ではときには鬼になることもある「稲の父」であるが、稲作をやらない地域では、一部の専門家を除く大多数の人びとにとってはただの「雑草」である。名のない草であり、得体の知れない雑多な生物の仲間である。一方トカゲは、れっきとした氏素性をもち、ヨーロッパ美術ではよく燭台の飾りに見かけるように、古来光明と復活を象徴する動物であった。野生稲の自生地でも外敵を駆除する側の存在でありながら、なぜか人間に毛嫌いされ存続さえ危ぶまれるようになった爬虫類に属している。こういう不条理な立場にあるトカゲこそ、名もない雑草の声なき声を伝えるメッセンジャーにふさわしいと田辺は考えたに相違ない。
 その証拠に田辺は、オーストラリア、ノーザンテリトリーのダーウィン(Northern Territory;Darwin)近郊でも、原住民の聖地にある自然石群に、野生稲ばかりでなく雑多な生物たちの多様な生存を擁護する彫像制作を5年このかた現在も続けている。その中には、やがてこの地方の湿地帯にも盛大に繰りひろげられることになるであろう“渡り鳥の楽園”を夢みて、それこそ「手の舞い足の踏むところを知らず」といった「喜びに踊るトカゲ」の像も刻まれている。
 なお、オーストラリアの仕事とは別 に、田辺の次なる構想には「MOMI の鎧を着たトカゲ・トカゲの目をもつ MOMI」がふくらんでいるようである。

 2007年、田辺は前述した台湾の美術館で金属製とドローイングによる「MOMI」の展覧会を催した。台湾は、もともと野生稲のない日本に代ってその遺伝学的研究を発祥させた地であり、日本人の岡彦一博士や、その教え子森島啓子博士のような偉大な先覚者を生んだ。岡博士は1945年の光復(台湾の祖国復帰)後も同地の大学で教鞭をとり、森島博士とともにその研究を同地に根付かせたのである。ところが鬼稲はその後1970年代に不幸にして消滅した。当時日本の国立遺伝学研究所に在籍していた両博士は、同研究所にあった鬼稲のサンプルをただちに移植する措置を講じたのである。現在それは両博士の感化を受けた台湾の研究者とその弟子たちが手厚く守り育てている。
 田辺の展覧会は両博士の功績を顕彰すると共に、田辺自身の思想形成にも一方ならぬ 恩恵を蒙った両博士の志を継いで、鬼稲の自生地復元を応援する趣旨であった。このとき展示した金属作品はそのまま美術館に収蔵され、10mを超えるドローイングは、台湾、台北市の国立台湾大学・生物資源および農学院(College of Bioresources and Agriculture、National Taiwan University)に常陳された。
 今回 FAO に展覧される作品は、台湾の作品と同じ鋳型を用いた姉妹作品である。ただしガウジングは鋳造後の手仕事であるから一品生産であって、複製ではない。また鋳型のモデルはオーストラリア産の稲の品種 Oryza meridionalis である。この品種は東南アジアでは栽培稲の原種 Oryza rufipogon に近似の種であるが、オーストラリアでは栽培稲と交雑することのなかった純粋種と考えられる。
野生稲自生地 オーストラリア・ノーザンテリトリー州