青春の扉と神の一手
パーカッション Wさん  
「My楽器(カスタネット)をエンピツで描いて見ました」


 楽器をやってみたい、と思ったのは中学校に入学してすぐのクラブ紹介でした。ブラスバンドの演奏で、ティンパニのロールを初めて聴いたのです。(当時はティンパニという楽器名も、ロールという専門用語も知りませんでしたが)
 まるで雷が鳴り続けているような響きが体育館中に充満し、一瞬で異世界に連れてこられたようでした。体の内側からパンチを浴びせられているかのように、私の体には問答無用でビートが叩きこまれ、熱く大きく揺さ振られました。

 ティンパニを演奏しているのは吹奏楽部員の中学生でしたが、入学したてのちんちくりんの私からしたら、超大人のお姉さまです。練達の格闘家のようなその動きは、カッコいいと思うことを通り越して、もはや人間業ではないと感じました。

 (あれ、やってみたい!)

 しかしそう思った直後から、果たして自分にできるだろうか、と疑い始めました。
 そしてブラスバンドのたった数分の演奏が間もなく終わろうとしている頃には既に、自分にはとてもできそうもない・・・、と確信し終わっていました。

 体育館でのクラブ紹介が一通り終わった後、それでも一応、吹奏楽部が活動している音楽室を覗きに行ってみました。
 かなり緊張しながら扉をガラガラと開けた瞬間、ちょうど視線の先で一人の先輩と目が合いました。その先輩は私を見つけた途端、瞳を大きく見開くと、音楽室全体に向けて言いました。

 「わぁ〜!男の子が来てくれたよ〜!」

 その吹奏楽部の部員は、女子100%でした。部員全員の視線が一斉に私に集中し、何人もの女の子達が、持っていた楽器を置いて私の方へ駆け寄ってきました。
 今思えばこれ以上ない幸せな状況のはずです。本当に羨ましいです。
 が、当時の私はビックリして、なけなしの勇気を完全に無くしてしまいました。

 「ま、間違えました・・・」

 私は慌てて扉を閉めると、急いで音楽室から離れました。
 その後フラフラと校内を漂っているうちに、ガタイのいい長身の三年生に真新しい学ランの襟首をがしっと掴まれ、廃部寸前の将棋部の部室に連れ込まれてしまったのです。
 こうして私は音楽室の扉の向こうにあったはずのめくるめく青春の日々を逃し、かわりに男三人で神の一手を追求することになったのでした。

 最初にティンパニをやってみたいと思ったとき、私はあのお姉さんのようになりたいと本当に思いました。自分がティンパニの音に心と体を揺さ振られたとき、この感動をただ受ける一方ではなく、自分が与える側に立ちたいという気持ちになっていたのだと思います。

 音楽に限らず、劇や映像、マジックショーといったものでも、見たり聞いたりして心を動かされ、自分がそういったものを演じたり作ったりすることができないだろうかと考えてみたことが皆あるはずです。
 その理由は、単純に面白そうだからとか、演じている最中に自分が気持ちいいからとか、人それぞれにあると思います。私の場合は、自分が人に感動を与えられる立場に立つということに対して特別な憧れがありました。

 そしてあのとき吹奏楽部に入りそこなったために、その気持ちが年々膨らんでいったように感じます。

 今、私は大学オケを経験した後、アンサンブルSAKURAでもう長いことパーカッションの演奏を担当しています。
 あのクラブ紹介のときにはティンパニなんてできそうもないと思いましたが、いつの間にか人並みのことはできるようになりました。実際、あの中学生のお姉さんがやっていたわけですから、それは間違いなく人間業だったのです。
 ちょっと勇気を出せばよかっただけでした。

 楽器を使って音を出すことはそれ自体が、自分にとってとても楽しいことです。しかしそれだけでなく、自分の演奏が受け手の側にはどう見えて、どう聞こえているのか。相手の心と体に狙った通りの揺さぶりをかけられているかどうかが、いつも気になっています。
 私はまだまだ未熟ですが、今ならば、あのお姉さんとタメを張る以上のパフォーマンスができると思っています。ぴかぴかの中学一年生の男の子を、今度は青春の扉の一歩内側にまで連れていけるくらい、弱気になることさえ忘れてしまうような演奏を目指して頑張ります。

 (余談ですが、将棋も始めてみるととてもおもしろくて、すっかりハマってしまいました。なのでこのことで特に後悔はありません。あと、神の一手を知らない人は「ヒカルの碁」を読んでみてください。私のダントツお勧めのマンガです)


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