手探りの中での“金泥”作り

 国宝「紫紙金字金光明最勝王経」を見て感動したものの、当時の福島氏には金泥書を解明するための知識はありませんでした。
 書道用品店で金泥の作り方を「膠を溶かして金を練り、湯煎をしながら書く」と教えられたものの、膠溶液の濃度や金粉の練り方、湯の温度など肝心なことは解らないまま。
 そこから福島氏の手探りの“金泥作り”がスタートしました。

 福島氏は歯科医師なので、金や金箔を使用するため、金粉に対するイメージがあったようですが、実際に目にした金粉の色は、金箔の金色からすれば、思いもよらない程の茶色っぽく、何とも不審に思えたそうです。しかし指先で触れると、その部分が金色の光を発して安心したと話されます。

 

金泥に使用する金粉
 金泥には、純金に近い品位 の高い金粉を使用するが、写真で見た通り、とても金色には見えない。
 約1g(写 真は約5倍に拡大)

 

 次に金粉を練る膠溶液です。
 前の項でもあったように金泥に含まれている“金”は、金属の特性を保ったままですから、この膠溶液は金属である金粉を紙から剥離させない大切な役割を担っています。
 膠(にかわ)は、動物の皮革や骨髄から採取される強力な糊ですが、採取した動物の種類と採取方法によって、その特性は変化してしまいます。そこで福島氏は同一製造所の同種類(福島氏は日本画等でも使われる鹿膠を使用)のもので、同じ程度の色調の膠を使って、金泥に最適な膠溶液の濃度の測定を始めました。
 福島氏は毎日少量 の金泥を作っては書き味を試し、根気強く試行錯誤を繰り返しながら、自分にとって一番書き易く、磨いても金が離脱しない膠溶液の濃度は1.3%が適当であるという結論に達しました。
 100ccの蒸留水に1.3gの膠を入れて、温度約40度で溶解させて作った膠溶液を、金粉に少量 入れて混和しながら練和状態になるまで良く練る事で、しっかり書写できる(金が紙になじんで剥離しない)金泥を作り、福島氏は書写 に使用しています。


 福島氏が使用しているのは鹿膠。
 透明性が高く接着力も強く、日本画などでも使われている。
 福島氏は、十数年間この鹿膠を使い続けている。

温度調節保温器
 写 真の器具を使用して、福島氏は膠溶液を作成している。
 水をガラス瓶に100cc入れて、1.3グラムの膠を入れて約40度で溶解している。

 ここからがいよいよ金泥作りです。
 絵具皿に、書写に必要な量の金粉を取り、膠溶液を一滴ずつ金粉に加えながら、指先で丁寧に混ぜ合わせます。全体が混ぜ合わさった状態を『練和』と言い、この練和の状態がしっかりしていると、金の色が輝くようになると言います。
 浮遊した金粉もなくなり、所々に帯状に輝く金色が見え始めると練和の完了です。

 

 金粉と膠溶液を混ぜ合わせる
 福島氏が使用している皿は、日本画用の絵具皿。
練和の状態
 最初から膠溶液を多く入れすぎると、十分な練和が出来ない。
 


 練和した状態の絵具皿に蓋をして、金粉の沈殿を静かに待ちます。
 こうして完成した最初の金泥には、金粉を作成する時の不純物が混入しており、沈殿した金粉の上に『金よりも軽い不純物』が残る場合がありますので、この不純物が無くなるまで、膠溶液を換えて上記の作業を繰り返します。
 そして、上澄液から不純物が無くなったら、やっと“金泥”の完成となります。

絵具皿に蓋をして沈殿を待つ
 絵具皿の上に、厚いガラスを置いて蓋をして、金粉が沈殿するのを待つ。
 

 
 金泥は作り置きができるものではありません。
 膠溶液を1日で使い終わらず、そのまま2日・3日と使い続けると、その濃度は自然に濃くなります。また同じ容器に金泥を入れたままにしておきますと、容器の底の金泥濃度は高くなり、上層は薄くなります。また、その日の気温によっても条件は変わってきます。
 濃度の低下は金粉の剥離をもたらしますので、一日の使用量 をふまえて金泥を作り、書写を心がける事。それが、福島氏が長い間の試行錯誤からたどり着いた、ひとつの結果 なのです。

 
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