金泥で使う筆について

 
  文字や絵を書くのに使用する筆は、それぞれの好みや目的により異なります。
 金泥で紙に文字を書く事は、墨を筆に含ませて書く「墨書」と同じ要領ではありますが、そもそも貴重な“金”を使う金泥による書法は、一般 の書写ではなく宗教の経典書写を目的として発明されたものですから、墨書のような大きな字ではなく、写 経程度の細字を書く事に限定されるものと思われます。
 福島氏が金泥書写に取り組んだ当時、金泥そのものについてと同様に、金泥で文字を書くのに相応しい筆についての情報はありませんでした。そこで福島氏は実際に色々な筆を使って金泥で文字を書きながら、金泥に適した筆を捜したそうです。
 そして、膠溶液に比重の重い金粉を含ませて作った金泥を筆で紙面 上に運ぶ必要上、金泥による書写には腰の強い長鋒の筆が適当だという結論に達しました。

 金泥で文字を書くには、金泥を作った絵皿を傾けながら、膠溶液と金粉とを筆に含ませながら書く事になりますが、この時筆に含ませる金粉と膠溶液の量 については、紙との関係もあって熟練を要すると言います。
 

金泥を筆に含ませる
 絵皿の上で膠溶液と金粉をバランス良く混ぜ合わせながら筆に含ませるのは、熟練が必要。
 福島氏は、絵皿下片側を高くして約15度の角度にして作業を行っている。

 
 福島氏は、この筆の状態についても科学的に解明しようと試みました。
 そこで、普段使用している長鋒面 相筆(鼬イタチの毛のもの)に、金泥を含ませた状態での電子顕微鏡写 真の撮影を依頼したのです。

 まず筆を乾燥させた状態で横から撮影した写真です。

 

 筆の表面 (50倍)筆の内面(50倍)
 

 50倍の大きさで見てみると、筆の毛の間を金粉が膠溶液と共に通 る事ができる充分なすき間がある事が解ります。

 筆の表面をさらに拡大して見てみましょう。

 

 筆の表面 (250倍)筆の内面(500倍)
 

 この大きさで筆に付着した金粉の状態を見ると、金粉の形と毛のすき間との関係も解り易いのではないでしょうか。
 こうした金粉が乾燥して毛に固着してしまうと、少し位 洗っても取れなくなってしまい、金粉が通過する障害になる事が予想されますので、書写 が終った後は、筆に含まれている金粉もよく洗い落としておく事も必要です。

 次に、筆の断面の電子顕微鏡写真を見てみましょう。

 

 筆の表面 近くの断面(500倍)筆の内部の断面 (500倍)
 
 筆の表面 近くの断面(1000倍)筆の内部の断面 (2000倍)
 

 筆の毛の間に膠溶液と共に含まれている金粉は、筆を立てて筆先を紙に着ける事によって紙面 に降下して字を書く事ができるのですが、筆の毛の間で、金粉がどのような状態になっているかを理解する事が、金泥による書写 の筆使いを考えるヒントになるのです。

 写真では膠溶液は乾燥しているので金粉は接着したように見えますが、実際には毛の間を重力のかかる方向に動く状態にあり、筆先に圧が加り毛間に余裕が出来ると、金粉はその重さにより膠溶液と共に紙面 に降下します。
 筆先に圧をかけ煽りながら書く事を書道の世界では『筆が立つ』と言うそうですが、金泥書はこの書法でなければ書けないのです。
 筆は捌いて使用しますので、筆の根元まで金泥を付けても、書写 の時に筆を立てると金粉は筆の中間位まで下がり、毛の弾力一杯まで膨らみます。この時、筆を少し斜めに倒して書き始めると、金泥が一度に降下する事を防げますので、次第に筆を立てるようにしながら煽りながら書くと、比較的多くの字数の書写 が可能となるそうです。
 また金泥を使っての書写では、墨書で行うような『渇筆(筆に含まれる墨の量 が少ない状態で書かれること)』は厳禁であるという事です。膠溶液が少ない状態での書写 は、金粉が接着せずに散乱してしまうため、金粉が少ないことより問題だと言います。

 

 こうした考察・研究は、福島氏の持ち前の『好奇心』と、幼い頃から慣れ親しんだ『書』の経験が一つになって達成された、福島氏ならではの成果 と言えます。

 
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